他人の評価は本当に正しいのか?「事実」と「感情」は分けて考えよう

本当の「問題」は何か?

自分はすごい!

仕事の面白味を感じる時は「自分は進化したな」と思う時だと思います。
できなかったことができるようになる。
短い時間でより多くの仕事ができるようになる。
知らなかったことを人に教えられるようになっている。

そういう自分に気が付いたとき、自分が誇らしくて自分で自分を褒めてあげたくなりますね。
そんな時は遠慮なく「自分はすごい」と口にしていいと思います。

人の評価が気になる時

ですがうまくいかないことが続いたりして自信がなくなっている時は、なにかと周囲の反応が気になって自己完結できないものです。
相手は何も意識していないのに、相手のちょっとしたしぐさや態度が自分には攻撃的なものに思えてしまう。
自分がしている仕事内容では会社に貢献できていないんじゃないか、誰かの負担になっているんじゃないか。
一度スイッチが入るとそんなネガティブ思考からなかなか抜け出せなくなってしまいます。

結局、誰かの評価が気になる時というのは、その「誰か」にこちら側の価値を決める権限を与えてしまっている時です。
その人に好かれていないと評価してもらえないんじゃないか。
その人の考えに同調しなければいけないんじゃないか。

見方を変えれば、「ここまでやっているのだから評価してほしい」という期待があるのかもしれません。
そのため、褒められた日は一日うれしいけど、批判されると一日がつまらないものになってしまう。

ひとつ上の次元

でもひとつ上の次元で考えてみると違った見方ができます。

そもそも自分がやっていることがどれだけ大変かということを自分以上にわかる人はいないわけです。
こちらのことをわかったつもりで簡単にアドバイスされたり批判されると、「なにも知らないくせに!」と思いますもんね。

相手がこちらにしてきたアクションは感情を切り離してまずその事実だけ受け取るようにします。
その解釈は後で行うようにすると気持ちの整理がしやすくなります。
相手の言葉がこちらの状況を把握した上での指摘なら「フィードバック」として次に生かします。
そうではなかった場合は、相手がなぜそのようなアクションをとったのかを考えてみます。

誤解があるのかもしれません。
誰かから間違った情報を受け取っているかもしれません。
その人自身が不安から反射的にとった言動かもしれません。
もしかしたらただ仲良くなりたいのかもしれない。

事実を事実として受け取る
事実に対する解釈は後で行う

こう切り分けることで後でポジティブな解釈で完結させられます。
これは自信を確立する上ではとても重要なプロセスだと思います。

事実に対してどう反応するか

自分で決める

こちらがどう反応するか、どう解釈するか、どう評価するかということはすべてこちら側に主導権がある。
僕はこう考えられるようになってから自分で自分に頼ることができるようになりました。

自分の価値は自分で決める。
解釈も自分で自由に行う。

だから人間関係や環境によって自分の価値が脅かされるということもありません。
もしそれが脅かされていると感じる場合は、それは誰かが自分を脅かしているのではなく、まず自分で自分の価値を脅かしていないかどうかをチェックしてみる必要があります。

たとえば天候はコントロールできません。
外を歩いていて突然雨が降ってきたとします。
そこでどのようなアクションをとるかは自分でコントロールできます。
傘を持っていれば傘を差すでしょうし、なければとりあえず雨宿りできる場所に移動するか、コンビニで傘を買うかもしれません。
あるいは家が近ければ多少濡れても走ってそのまま帰るかもしれません。

目の前の人がこちらをどう思うか、どう評価するかということもコントロールできません。
ですが自分が自分をどう評価するかは100%コントロール可能です。

良い方を見る

どのような環境でもいつも明るくすがすがしい人がいます。
他の人なら落ち込むであろう事があっても、平気な人がいます。
彼らにはきっと曇り空の日でもその雲の上に広がっている青空や明るい太陽が見えているのでしょうね。

相手に嫌われているなと思っているときはたいていこちらも相手のことを嫌いな場合が多いです。
しかもそれは自分自身が嫌だなと思っている部分だったりします。

相手の良いところを見つけるようにすると、自分自身の長所も見えてきます。
自分の物の見方が変わるとまわりの環境も違って見えてきます。
それなら良い方を見たほうがいいですね。

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